土星期が始まりました!

土星期が始まりました!

村上幹智雄 -ミチユウ-
村上幹智雄 -ミチユウ-

土星期が始まりました!

私のマハー・ダシャー木星期が終わり、8月12日からマハー・ダシャー土星期が始まりました。幸運の木星期から苦悩の土星期!?

 

インド占星術初心者の頃、最も怖いダシャー土星期。苦悩や病気など、「土星期=悪い」と思うのがインド占星術初心者のイメージする印象です。私もインド占星術学び始めた頃、2019年に土星期が来るというのが恐怖でした(苦笑)。

 

それからインド占星術を長年学び、そのイメージは必ずしも正しくないということがわかるようになりました。

 

いろんな人に話を聞くと、実際のところ、木星期より土星期の方が良くなったという人もたくさんいました。

 

土星期が本当に悪いか良いか、苦しいかは星の配置に大きく左右されます。そのため、土星期だから悪いとは全く言えないのが実際のところです。

 

私の場合、24歳から始まった木星期はその前のラーフ期から比べると、さすが幸運の木星期なので、良くなったように感じます。しかし、木星は3室と12室を支配するため機能的凶星です。そして、ドゥシュタナ・ハウスの6室に在住し、ムリチュバーギャの度数域にあります。しかも、ラーフ・ケートゥ軸と1度以内の正確な90度アスペクトを形成しています。

 

けれども、木星は星座交換をして強さを得ています。しかし、これも3室と6室の星座交換で、とても良いとは言えません。しいて良い点をあげれば、12室支配星が6室に在住するヴィーパリータ・ラージャ・ヨーガを形成していること。けれども、これも経験上、感じることは良い結果が出たとしても、ドゥシュタナ・ハウスの困難さがなくなるわけではないようです。

 

というように客観的に見て、良いとは言えないマハーダシャー木星期でした。

 

それでは、これからも始まるマハー・ダシャー土星期はどうでしょうか? 土星は1室と2室を支配し、最悪のドゥシュタナ・ハウスの8室に在住しています。更に、しし座のガンダンタから1度以内で弱く傷ついています。土星自体が困難や障害を苦悩を引き起こします。唯一良い点は1室支配星であるところです。

 

さて、木星期と土星期、どちらが良いでしょうか? マハー・ダシャー土星期をすべて過ごしてみなければわかりませんが、甲乙つけ難く、どちらも大変そうです。

 

ただ、私の人生において、客観的に鑑定していて、これは良いですね。というふうに言えるマハー・ダシャーは来ていないので、大変といえば大変ですが、そうでもないといえば、そうでもないという気がします。

 

以上がインド占星術の客観的な見たらということですが、主観的にはどうだったか。アンタル・ダシャー土星期は大変だっただろうかと振り返ってみると、大変だったというのが強い印象です。

 

自宅でタイ・マッサージ屋を開業しようとするもうまくいかず。マッサージ系のアルバイトするもすぐ首になる。そして、極度のうつになり、逃げるように南伊豆のキャンプ場でアルバイトを始める。ここはここで大変。良い印象のない土星期でした。

 

しかし、最近、考えました。アンタル・ダシャー土星期は本当に悪かったのか? 自己実現、自宅開業することができる環境があり、うまくいかなくてもキャンプ場で働く機会が与えられ、南伊豆という最高の自然環境の土地に住み、楽しい仲間のいるコミュニティに住み、友達と楽しいイベントを企画し、結婚し、そして、最後は西表島の大自然の中で働きました。大変なこともたくさんあったけど、良い思い出もたくさんあったなと思うのです。

 

さて、土星期は悪かったのだろうか? 人生で最も辛い鬱も経験したが、良いこともたくさんありました。

 

木星期16年間を振り返ってみると、すべてのアンタル・ダシャーで大変なことがあったように思うし、すべてのアンタル・ダシャーで良いことがあったと思うのです。

 

「私の人生は大変だ」と思えば、マハー・ダシャー木星期は良いこともあったけど、大変だったなと思うし、「私の人生は大変なこともたくさんあるけど、恵まれてるな」と思えば、ありがたい感謝の人生に感じます。

 

 

次は精神的な成長、霊的な成長という観点から考えてみます。ラーフ期の最後のラーフ/火星期にインドを旅し、インドの精神文化に出会うという幸運に恵まれました。ヴィパッサナー瞑想、インド占星術、ヨガを知り、自分の内面を見つめ、心を浄化する道を歩みはじめました。そして、30代半ばにコーチングやメンタリングに出会い、成功法則や成功するための考え方を知りました。

 

心と魂の浄化の道を進み、考え方を変えることで、私の人生の捉え方は全く違ったものになりました。もし、これらに出会わず、今の土星期を迎えたなら、とても大変で、辛く感じていたと思います。

 

木星/ラーフ期から、心も身体も結構大変なことがたくさんありました。それでも、私は恵まれていると思えるし、私の人生は感謝できることでいっぱいだと思っています。辛いことがあっても、瞑想することでかなりリカバリーすることができます。これは精神的な成長なしにはなかったように思います。

 

また、私は土星期は大変だというのがインド占星術を学び始めた頃から頭にあり、それに備えて、内面的な成長をする努力を木星期の間、ずっと続けてきました。その成果が土星期に試されると考えていました。

 

8室土星で大変なことがないわけがないというのが客観的な見立てですが、今までの努力のお陰で、未来に対する恐怖の多くはなくなりました。もちろん不安な気持ちはゼロではないしありますが、まあなんとかなるだろうと思えます。そして、1室支配星なのだから、昔のように心が折れさえしなければ、鬱にもならないし、自己実現できるよね。と前向きに考えています。

 

インド占星術は使いようによっては私たちの心に恐れを抱かせます。それに心を支配されたなら、インド占星術を学ぶことは自らを不幸にすることになってしまうかもしれません。だから、キリスト教や仏教では、占星術が禁止されているのでしょう。

 

しかし、その恐れを乗り越え、インド占星術を学び続け、神のみぞ知る運命の一部を垣間見て、大局的な視点で客観的に運命やものごとを見ることができるようになってゆくなら、人生の目的や意味を理解し、より幸せに生きられるようになっていけると思っています。

 

インド占星術で、星の視点から、運気がいい悪いと色々と言うことができます。けれども、心と魂の浄化をし、成長していく人間にとって、運気がいいか悪いかが幸せは直結しなくなっていくのだなと感じます。

 

インド占星術を学ぶことは素晴らしいことです。しかし、それに心を支配され、すべては運命だという運命論に陥らないようにしていきたいものです。